都市部から少し離れたところにある大きくも小さくもない美術館に俺の絵は飾ってあった。
特にこれといった技巧が使われているわけではない。構図もありきたりであるし色彩もどこにでもあるような水彩画。ただ一人の女の絵が描かれただけの絵画が、これまた大きくもなく小さくもないコンクールで大賞に選ばれたのだ。


「いやあ、すごいですねえ。三回連続の入賞ですか」
「私なんかがこんなに賞を頂くなんて申し訳ないくらいです」
「何を言っているんですか!素人の僕にも分かるほど素晴らしい絵ですよ!!」
「ははは、なんだか恥ずかしいな。ありがとうございます」


何も分かっちゃいないくせによく言えたものだと心中で毒を吐く。
小さな出版社のそこそこに売れている雑誌に俺の特集が組まれたらしく、その取材にとやってきたのはまだ若い青年だった。真新しいスーツにきちんと整えられた髪型。まだ取材の経験は少ないのか笑顔はぎこちない。
のっぺりとした笑みを貼り付けながら早く帰りたいなあと切実に願う。断らなかったのはただ単純に金が欲しかったから。絵だけで食っていくのはそれなりに大変なのだ。


「潮江さんの描かれる絵画にはある女性が多く描かれているとか。もしかして恋人さんですか?」
「嫌だなあ、そんなんじゃありませんよ。皆さんそう仰るんですけどね、ただこのヒトがかきやす……」


俺が絵を描き続けて小さな注目を浴びて、その度に繰り返し何度も同じことばかり問われてきた。
『あの女性が描かれている意味とは』『潮江作品の象徴』『あのヒトには世の中への悲しみと』『恋人?』『潮江さんの』
まとはずれな勝手な解釈を根気強く否定していき、その手のあしらい方はもうお手の物である。
そうして今日も否定しようとして続きの言葉が出てこなかった。鼻の先を金木犀の香りがくすぐる。
不思議そうに俺を見上げる青年になんでもないと笑みを浮かべる。


「まだ……小学生のときに両親に連れられてここに来たことがありましてね。そのときに彼女の画が飾られていました」


ただでさえ丸い青年の目が大きくなる。
平常なら絶対に語らない真実。頭がおかしくなったんだと自分自身に言い訳をする。
これはただの気の迷いなのだ。


「ホールの隅に目立たないように微笑んでいた彼女のことが忘れられなかった……。こうして絵を描き続けていれば彼女に会える気がしてね、美術館に何日も通い続けて一日中居座っていました。家に帰ってからはただがむしゃらに彼女の絵を描き続けていました」
「潮江さん……」


青年の声に夢から呼び出されたような錯覚に陥った。
ムダ話がすぎましたねと誤魔化すように微笑む。
何でこんな話をしてしまったのか。後悔ばかりが心中を支配している。
もし俺に時を操る時間があったならば少し前の自分を迷いなくぶん殴っていただろう。
お前が今からしようとしている話を今すぐやめろと。


「まだ絵を描かれるんですか」


声を小さくしておずおずと問われる。
その姿があまりにも情けないものだったから自然と笑みがこぼれてしまった。


「ええもちろん。まだ彼女を見つけていませんから」


額縁の中には、あの頃の記憶のまま変わらず微笑んでいる彼女の姿があった。





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